北海道で渓流釣りをする際のヒグマ対策についてまとめました

ヒグマとの遭遇は釣り人が恐れていることの最たるものでしょう。

シチュエーションを中流~上流の川釣りに絞って、ヒグマとの遭遇の可能性と対処の仕方を考えてみました。

参考にさせていただいた書籍

  • となりの野生ヒグマ(北海道新聞社編)
  • ヒグマ学入門(天野哲也他)
  • ヒグマ大全(門崎允昭)
  • 人を襲うクマ(羽根田治)
  • アーバン・ベア(佐藤喜和)

※これらに加えて、ちょうど近所で佐藤喜和さんの講演があったので参加してきました。

コンテンツ

渓流釣りとヒグマとの遭遇

渓流釣りでヒグマに襲われる可能性

いくつかの書籍や資料に目を通しましたが、釣り人がヒグマに襲われた事例はわずかでした。

2023年春追記:

朱鞠内湖で釣り人がヒグマに襲われ命を落とすといういたましい事故が発生してしまいました。マスコミやネットは過剰に騒ぎ立てていますが、今年に入って急にヒグマの個体数がふえたなんてことはありません。冷静に対処すべきです。

詳細は確認できていませんが、数日以内に目撃情報があった場所で釣りをしていて襲われたということで、事前に情報を得ていれば避けることができた事故だと思われます。

いずれにせよ詳細が分かり次第、詳しく考察をしたいと思っています。追記ここまで

「ヒグマ大全」門崎允昭著/巻末のヒグマによる人身事故(1970-2016)では、全94件のうち釣り人が被害にあった(死傷)のは2件のみです。

1件は2008年の標津町でのサケ釣りの人。当幌川河口から1キロほどにあるサケマス捕獲場付近で夜間に密猟をしていた人でした。ヒグマに襲われる条件の多くを満たした極めて危険なシチュエーションかつ違法行為。詳しくは新聞記事などを参照してください。

もう1件は1977年、大成町で釣り人が襲われ死亡した事件。この釣り人が襲われる4か月前に、山菜取りの男性が同地域でヒグマに襲われ死亡しており、亡骸には食痕もあったそうです。一度人を襲い食べたヒグマは極めて危険です。4か月という期間があってもそれは変わらないということが、このケースでわかります。人を襲ったヒグマが駆除されていない山林、渓流には入らないのが基本です。

ということで、ヒグマに襲われ釣り人が死傷したケースは46年間に2件のみで、かつ2件とも防ぐことができた事故です。

上にあげた資料では、山菜取り、狩猟が人身事故の大半を占めています。常に川の中を移動するという意味で、釣り人の行動はほかの山林利用者とはちょっと異なります。

山菜取りと狩猟は視界が遮られた道なき道を行くものですが、釣りは川という開けた場所を上流と下流に移動する動きをします。過去の遭遇事例を見るに、通常の渓流釣りでヒグマに襲われる可能性は極めて低いと言えます。

涸れ沢や斜面、ささやぶ内での不意の遭遇というものがほとんどなので、川に降りるまでの方が要警戒なのかもしれません。

ヒグマが川に行く用事とは

ヒグマは水浴びをするし、遡上するサケマスを捕獲します。またザリガニも捕食するらしいです。なので、川に用事がないわけではありません。

でも、目撃事例の多くは、水浴びの場合は湿地や高原の湖沼、サケマスの捕獲は河口付近(知床が有名)であり、山間の渓流で水浴びをしたりサケマスを捕獲しているのを目撃したという事例はありませんでした。(なお、信ぴょう性の観点から、個人のブログは対象外とします)

山岳渓流よりも誘因物が多いという理由で、同じ川沿いでも里山を流れている河川は危険かもしれません。川そのものというより付近の農作物、家畜、ゴミ、納屋など狙う対象があるからです。

なので、同じ川のなかであれば思い切り山奥の渓流に入ってしまったほうがヒグマとの遭遇確率は下がると言えるのではないでしょうか。

里山を流れていて、周囲に民家があり、農地もしくは酪農が盛んで、鮭がのぼる河川はヒグマとの遭遇確率は必然的に高くなります。

同じ「川」といえど、その条件によって遭遇の可能性は大きく変わるようです。

ヒグマは渓流魚を食べるのか?

ヒグマは雑食性です。なんでも食べますが、最も多く食べるのは木の実や草木の芽、そして蟻です。

自ら襲うことは稀ですが、動物の死骸(エゾシカ)を食べることもあります。

そして、魚に関して言えば、遡上するサケ、サクラマスを秋の冬ごもり前に食べることはわかっていますが、一年を通して水生生物を捕食しているわけではないようです。調べた限りでは、我々釣り人が狙っているニジマス、ヤマメ、イワナなどを捕まえて食べるといった行動は記録にありません。

サケが上流までのぼる川では、秋の遡上時期に注意しましょう。しかし北海道でも、上流まで遮るものがなくサケがのぼっていくことができる川は数限られているので、そこまで警戒する必要はないでしょう。

わかりやすい例だと知床の河川ですね。あんな感じで例年決まった時期にちゃんとサケがのぼり、ヒグマにとっても恒例になっているような場所での釣りは避けたほうがよさそうです。

そんな場所では冬眠前の一時期、ヒグマたちはほとんどの時間を河原で過ごし、サケを取っては休んでを繰り返し脂肪を蓄えるようです。そのような「ヒグマの着き場」になっているところがわかっているならば、そこを避けることが大切です。

河原で見かけるヒグマの痕跡

河原の木に付けられた爪とぎの跡、糞、食痕などがあります。いずれも新しいものだとその近辺にヒグマが潜んでいる可能性があるので、釣りあがってきた場合は竿を収めて引き返すようにしましょう。

特に食痕は場合によってはとても危険です。ヒグマは縄張りを持たないのですが、一度手を付けた食べ物には執着します。

福岡大学ワンダーフォーゲル部の事故があまりにも有名ですが、ヒグマが「所有物」としたものに近づいたり、取られたものを取り返そうとしたりしてはいけません。

土に埋められ草をかけられたエゾシカを見かけた場合には絶対に近寄ってはいけません。近くにヒグマがひそんでいる可能性が高いみたいです。

自らエゾシカを襲って捕食することはありませんが、死体を捕食することはよくあるみたいで、食べかけのエゾシカには土や草をかけてキープしておく習性があるようです。

河原にもエゾシカの死体は散見されるので、見つけた場合には遠くから観察をしてヒグマの痕跡が感じられたら近寄らずに引き返すようにしましょう。そういう意味では、双眼鏡は携帯しておくと役に立ちます。

河原に冬眠穴を作るのか?

川岸ではしばしば冬眠穴がありそうな崖を目にしますが、そういった水辺に近い崖には冬眠穴は作らないようです。

沢沿いの斜面に作られることは多いようですが、それでも沢からの高さが50メートルから100メートルといった高いところとなるので、川の中を移動する釣り人が冬の初めや春先に冬眠穴にこもってるヒグマを刺激することはないでしょう。

どちらかというと、川までの移動中のやぶ漕ぎや斜面を降りているときに注意が必要です。

人間にとってはかなりの急斜面に感じる斜面に冬眠穴は作られることが多いようで、かつクマイザサが生い茂るやぶの中。

気づかずに冬眠穴のすぐ上を通過したり、誤って落ちてしまった場合は、ヒグマは飛び出してきてその人を襲うか、もしくは逃げてほかの知っている冬眠穴に移動するかの行動をとります。

初冬から早春に釣りに行く場合には、冬眠穴がありそうな場所には近寄らないこと、それさえ意識していれば危険は大きく減るでしょう。

川でヒグマに出会わないための対策

音を立てること

とても参考になる記述が、坂本直行さんの「原野からみた山」の中にありましたので、引用させていただきます。

旭岳を登山中、遠くの斜面にヒグマを見つけ、脅かしてやろうと叫んだ坂本氏、

私は大声でヤッホーを叫んだ。そのとたん、今度は腰の抜けるほど驚いた。というのは私の声に驚いて、もう一頭の巨大な熊が眼前の岩かげから跳び出したからだ。

坂本直行「原野から見た山」山と渓谷社

もしこの時、坂本氏がヤッホーを叫ばずに目の前を岩を通過していたら、かなり危険な遭遇になっていたかもしれません。

頻繁な音出しの有効性を示す良い例だと思ったので紹介させていただきました。

さて、基本的にヒグマの方でも私たち人間には出会いたくないようです。そして、ヒグマ同士といえども遭遇はなるべく避けるとのこと。

そして、ヒグマは聴覚、嗅覚が人間のそれよりも数段優れているので、気が付くとしたらヒグマ側が先になるはずです。

なので、私たちが気づかないうちに、ヒグマ側が逃げていっていたなんてケースも多々あるのではないでしょうか。

私がヒグマを目撃した時も、私が気がついた時には、彼らもうすでに私に背中を向けて一目散に走って逃げていく最中でした。

なので、相手に先に気がついてもらうための音出しは有効で、それを否定している研究者はいません。その音出しについてはいくつかの意見があります。

一般の人は熊鈴、ラジオを使うことが多いですが、ヒグマの研究者や山岳ガイドのようなその道のプロの方は、道具を使わずに手をたたいたり声を出したりする方が多いようですね。

その理由は、常に音が鳴っていると周囲の変化に気がつきにくく、集中力が削がれるからみたいです。通常の登山や林道歩きの際は基本的に音がなくて静かなので、定期的に音を出してこちらの存在に気がついてもらえればヒグマとの遭遇はほぼ避けられるでしょう。

では、常に音がしている渓流ではどうなのでしょう。渓流が流れる音って意外に大きくて熊鈴の音もラジオの音もかき消されてしまいます。それはヒグマにとっても同じことなのでしょうか。

渓流でも大きな音、ヒグマがこちらの存在に気がつくような音を定期的に立てるようにすれば、不意の対峙は避けられるはずです。

音を立てる方法は、手をたたく、声を出す、ものをたたくなどがあります。音を立てて遠くにいるヒグマを近くに呼び寄せてしまうケースは無いと言い切れるみたいなので、頻繁な音出しにデメリットはありません。

なお、発砲音に似た爆竹の音についてはいろいろな意見があります。猟師が襲われるケースが多いため、発砲音は逆にヒグマを呼び寄せてしまうという考えです。

私は爆竹を使いません。その理由は「手軽ではないから」。やはり、声出しやホイッスルが簡単で頻繁に行えるので。

熊鈴に関してです。私は熊鈴とホイッスルを状況に応じて使いわけています。熊鈴をつけている理由は、クマよけというよりもほかの釣り人に私の存在に気がついてもらうためです。

熊鈴をつけていないと、ほかの釣り人に自分の存在を気がついてもらうのが遅くなります。いきなり耳元で挨拶をしたり、やぶでガサゴソやったりすると相手をとても驚かせることになってしまうので、こちらの存在(人間ですよ)に気づいてもらうために、鳴らしながら歩いています。

うるさい渓流で釣りをしているときに、その接近に気がつかずに至近距離から急に「こんにちは」と言われると、びっくりして腰を抜かしてしまいます。私も何度か経験があります。

匂いに気を配る

過去に里に下りてゴミを漁ったり、登山者が放置したお弁当を食べた経験があるヒグマは、人間の食べ物のおいしさと匂いを知っています。

なので、とても可能性は低いですが、お弁当や甘いお菓子、飲み物の匂いを出しながら歩いていると、ヒグマを呼び寄せてしまうことが考えられます。

絶対にヒグマと遭遇したくない!とお考えの方は、そういった匂いが出る飲食物は釣りの際には携行しないことをお勧めします。

嗅覚が人間の想像を超えるほど鋭いので、ジップロックなどの密閉パックに入れていても意味がないかもしれません。

そして、ほかの釣り人のためにも、決してお弁当、お菓子やジュースの残りは川に放置しないようにしましょう。後に続く釣り人が襲われる可能性があります。

川でヒグマに出会ってしまったら

ヒグマとの遭遇事例から考える

ヒグマの存在に気がついた時には、静かにその場を立ち去る、これはすべてのヒグマ対策資料と専門家に共通していて、いつどこでヒグマに出会ったとしても有効な方法です。

渓流釣りで川の中を歩いている場合も、基本的に静かにその場を立ち去るしかないでしょう。

ヒグマもこちらの存在に気がついて、お互いに対峙するようなシチュエーションになってしまった場合の対処法も共通していて、一番やってはいけないのは相手に背中を見せて逃げること。確実に追ってきて捕まります。

なるべく刺激をしないように、目をそらさないようにしながらゆっくり後ずさりをする、というのがプロの一致する意見です。

でも、川の中は足元も悪く滑るし、慌てていたらなおのこと転倒することが考えられます。下手に遠ざかろうとせずにじっと睨み続ける、というのが現実的かもしれません。

あと、専門家によっては、人間に話しかけるようにヒグマに話しかけるという方法を勧めています。これは、どちらかというと自分を落ち着かせるのに効果的かもしれません。「こっちに来ちゃだめだよ」「落ち着いて、大丈夫だよ」なんて声を出すとよいみたいです。

多くの場合、そうやって目を合わせて話しかけているうちにヒグマの方から姿を消してくれるはずです。

威嚇攻撃と本攻撃

ヒグマが積極的に人を襲うことはありません。走ってこちらに向かってきても、それは威嚇攻撃であり本当に攻撃した事例はごくわずかです。立ち上がるのも攻撃姿勢ではなく、遠くを見るためです。

だから本当に攻撃されるまでは相手の目を見つめてじっと対峙するのが正解のようです。

威嚇攻撃と本攻撃の見極めはプロでも難しいらしい。威嚇攻撃されたときに本攻撃であると勘違いをし、逃げたりこちらから先制攻撃をすると、生存の可能性は下がるのだろうか。極限状態で冷静に対応できる自身はありません。

「本攻撃だ、やられる!」と感じた時に取る方法は研究者の間でいくつかの意見があります。多数派は防御姿勢をとる方法。手を頭の後ろで組み、地面に膝をつき背中を丸めて小さくなってヒグマの攻撃に耐えるというものです。

北海道環境生活部作成のパンフレットにも紹介されている方法で、頸部、後頭部、腹部への致命傷を避け生還の可能性を上げるものとされています。北米でもこの方法が主流のようです。

でも、ちょっと疑問なのは、これってヒグマから見たら死んだふりと同じなんじゃないだろうか。そして、手足を縛られたりなどの拘束をされていない状態で、想像を絶する打撃を受けた時に、人は反射的に反撃をしないでいられるのだろうか。

冒頭にあげた参考書籍の中で、交戦論をはっきりと掲げていたのは門崎氏のみでした。門崎氏は鉈(ナタ)の携行をすすめていて、相手に一撃を与えて退いてもらえるよう期待するのが生還の可能性を上げる方法だと述べています。

風向きにも影響され、普段から使って練習することができないクマスプレーよりも、手になじんだ鉈の方がヒットする可能性は高いというのは理に適っているように思います。

山菜取りの人は普段から鉈を持っている人がいるかもしれないので、それを武器に使えるのでしょうが、釣り人は何を武器にすればよいのか。ロッド?毛鉤?

私はなるべく装備は軽くしたいので、今のところ鉈の携行は考えていませんが、普段も使えてある程度リーチもあって、とっさに手に取ることが可能なのは鉈しかなさそうです。

あなたは交戦しますか、じっと耐えますか? 究極の選択です。

子熊の存在はいろいろ危険

子熊は興味本位で人間に近寄ってくることがあるため、その存在には気を付ける必要がある。そしてもちろん、子熊を連れた親熊は彼らを守ろうとピリピリしています。

小熊がこちらが近寄ってきたときにも、なるべく刺激しないで(親熊に攻撃だと勘違いされない範囲で)追い返すようにしましょう。

専門家は、「こっちに来ちゃだめだよ」と優しく話しかけたり、手近な石を投げて後退させたりといった対処をするようです。

私が実際に出会ったヒグマも親と子のペアで、親にぴったりくっついていました。見た目にほっこりさせられるのですが...お互いにとって危険です。

まとめ:遭遇しないのが一番の対策

どの専門家もヒグマの人身事故を避ける対策としてまず挙げているのは、遭遇をしないことです。

ヒグマも人間との遭遇を避けますし、人間も正しい知識を持ち遭遇を避ける行動をとることができます。

ヒグマは本能と親からの教育でそれを学びます。現代人はヒグマの脅威に対する本能がなくなってしまっているので、正しい知識を専門家から学び、実際にフィールドでいろいろな経験して習得するしかないでしょう。

もしヒグマに遭遇し襲われたら、あなたも大きな怪我をしますし最悪死んでしまいます。そして加害ヒグマもその仔も駆除されてしまいます。

私たちが知識を得て正しく行動するだけでお互いにとって不幸な遭遇は避けられます。常日頃から勉強と情報収集、周囲への警戒は怠らないようにしたいものです。

そして、お互いの境界線をきちんと守りつつ、自然を共有できたらそんなに素晴らしいことはありません。

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