【普通の人がうらやましい?】現在の自分と理想との差とは。

2021/12/02

哲学

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「あぁ、普通に生きている人がうらやましい」 

こんなことをボヤいたことはないでしょうか?

普通って何でしょうか? あなたは普通ではないのでしょうか?

そこら辺を一緒にすこし考えてみましょう!


普通の人にあこがれる心理


日本ではレールに乗っていることが普通とされています。レールに乗っているとは、社会に適応していること。ここでいう社会に適応している状態とは、太宰治的な借金、女性との心中未遂を繰り返す生き方ではなく、英語の教科書に登場する主人公のような、朗らかで影がなく、誰とでも打ち解けることができる人を指します。

でも実際、人間失格を読んだ人の多くが抱く感想「これって私のことじゃん…」からわかるように、多くの人が太宰的な衝動を抱えて生きていると言えます。

だから、これが普通といえば普通なのです。太宰のような生き方が普通。

もしそうだとしたら、みんな異常な状態であり、ほとんどの人が本来の自分を生きていないことになります。

この意味で言うと、普通に憧れるとは、本来の奔放な自分になりたいということになるのですが。


本当の自分はどうしようもない自分であり、ほとんどの人間はどうしようもない生き物であり、それに抗わない限り私たちは普通でいることができます。でも、頭が発達して理性でその衝動たる普通の人間の要素を押さえつけるからこそ、普通という言葉がねじ曲がってしまっているのです。

そして普通はいつの間にか理想、それも自分が本当に欲するあるがままの生き方ではなくて、社会通念上の普通、要するに適齢期に結婚し、すれ違う隣人に朗らかに挨拶をし、同じ会社で定年まで勤めあげ、好々爺として死んでいく、そんな社会が求める社会人像を普通としてそれに憧れてしまっているわけです。

ダークサイドの普通と、見えない世間が作り上げる普通、この二つの普通が存在していることになります。


普通の人とは?


前項で普通について、二通りの考え方を示しました。

・あるがままの、本能に則した自分である普通の状態。

・社会通念上よしとされている人生という意味の普通。


ところで、「あなたが考える普通の人とは?」という質問投げかけたとすると、その回答は三者三様になるでしょう。

私が考える普通の人と、あなたが考える普通の人は絶対に違うはずです。

そしてそれぞれが「あぁ、普通に生きられたらどんなにいいだろうかぁ」とぼやくわけです。これは言い換えれば、今の自分は普通ではない、と言っているのと同じ意味ですね。これは前項での普通に関する考察でお分かりいただけたと思います。

多くの人はどちらに転ぶこともできないでいます。それは弱いからです。

思い切り自堕落に生きる勇気もないし、社会の荒波に耐え、人間関係を耐え抜くほどのタフさもない。

となると、永遠に普通状態にはたどり着けないということになります。


それじゃマズいので、普通という言葉を再定義してみましょうか。

今の自分は、まさしく等身大の自分であるはずです。それ以下でもそれ以上でもありません。本来の言葉の意味からすると、それ以上でも以下でもない状態って「普通」と同義だと思うのですが、いかがでしょうか?

だから、普通にあこがれる状態というのはちょっと奇妙な状態です。

憧れるまでもなく、今の自分は普通なのです。

まずはそれを認めるところから始めてみてはいかがでしょうか。

めっちゃ普通の自分は、人と違っていて当然だし、ダークサイドに堕ちる勇気もないし、社会と戦う強さも持ち合わせていないのです。

んで、それが普通なのですよ。


自分にとっての普通を見つけるために


憧れるのは、ダークサイドにしろ、社会通念上のものにしろ、先ほども述べましたが、勇気が必要になるからです。どんなことも勇気が必要な行動には憧れがつきものです。

勇気をもってすべきなのは、何なのか?

それは、「自分の普通」を見つけるための行動だと思います。

自堕落で欲望丸出しの自分でもない、社会が望む人間でもない、あなたの心が欲する自分自身を探してみてください。

具体的な方法を私が提示できるとよいのですが、私は私の人生しか経験していないので、多くは語れませんが、今ここで言えることが一つあります。

それは、あれこれ手を出さない。

一年くらいはなにもしないで生活をしてみることをお勧めしています。


何もしないというのは、情報を遮断し、それに伴う行動も起こさせないということ。

テレビやネット、学校や会社の煩わしい人間関係を思い切って遮断し、一人になって静かな部屋でまぎれもない名作と言われている文学作品でもじっくり読んでみてください。そのような、時間というものに削り出された残ってきた作品には人間の本質が多くエッセンスとして残っていて、いつの時代もそれは大差ないものなんです。

中でもお勧めは「ロビンソン漂流記」「ガリバー旅行記」

他にも数えきれないほどの古典の名作はあります。

それらを読むと、理性の妨害を受けずに、直接心に働きかけられているような気がしますよ。それが、自分が普通になる近道だと思います。



まとめ:今の自分は普通なんです。


ここまでのお話で本日私が言いたかったのは以下の2点です。

今の自分はめっちゃ普通であるということ

普通に磨きをかけるには、一人静かに古典を読むべし


理由はこれまで述べてきたとおりです。

とても簡単なことですし、たいして勇気も必要ありません。ただ情報を遮断し週末に図書館に行って古典を借りてきて読むだけで、自分の周りにこびりついた余計なしがらみが落ちていきますよ。


1981年生まれ。北海道在住。現在無職でアルバイトをしながらプログラミングを勉強中。木工を長らくしていたのでそちらの知識と技能はあります。ミニマリスト/ヴィーガン/アフリカに4年

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