【周囲と問題を起こす】自己愛性パーソナリティ障害の人が普段考えていること

2021/11/03

雑記

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あなたの周りに自己愛性パーソナリティ障害と思われる人はいるでしょうか。なんでそんなふうに考えるのか、なんでそんなに一人で苦しんでいるのか、理解できないと思います。

私は典型的な自己愛性パーソナリティ障害の症状を持っています。こんな風に考えているんだよ、というのが伝われば良いなと思い、この記事を書きました。

自己愛性パーソナリティ障害の思考パターン

相手の立場で判断する(上か下か)

相手が自分より上か下か、そればかりを考えて生きています。これは、すべての評価基準に当てはまることで、性別、年齢、身長、学歴、勤務先、年収などです。

あの人はすごいのかすごくないのか、尊敬できるのか尊敬できないのか、そんなことばかりを考えています。ひとたび自分より上だと判断すると聖人のように崇めますが、その人が少しでも俗っぽいことをすると、評価は正反対になってしまいます。

このように、他人は自分より上なのか下なのかをレッテルで判断をし、その人の本来の資質(優しさ、粘り強さ、真面目さ)で見ようとはしません。そのくせ自分は、周りの人から本来の資質で見られたいと願っています。

願っているけど、他人も自分をレッテルで評価するだろうと妄想しているので、一生懸命自分をよく見せようと無駄に頑張ってしまうのです。

自分が目立てるか否か

立場の話と同じ部分もあるのですが、自分が目立つことそればかりを常に考えています。同じ自己愛性パーソナリティ障害でも人によって求める目立ち方は若干違うでしょうが、私の場合はあからさまな称賛よりも、ひそかにみんな自分のことを尊敬している、そんなシチュエーションを作りたいと願っています。

何か困ったときには一番に頼られたい、やっぱり○○は頼りになるよな、と言われたい、そんなことばかりを考えて生きています。

ちなみに実際に頼られることはほぼありません。実力以上に尊敬や称賛を求めるレベルが高すぎるからです。なんとも皮肉な話です。

でもほとんどの人がそんなものなんです。それに気がつけずに、周囲の人をうらやみつつ蔑むのがこの障害の特徴かもしれません。

苦手なことでは、いかに目立たないかを考える

逆に、自分が苦手なことに関してはいかに目立たないかを考えます。苦手なことで目立ってしまうと、周りからの評価が下がってしまうと考えているからです。

人からの評価は、すぐに上がったり下がったりすると考えているので、一つの失敗で「あいつはダメな奴だ」と思われる、そういった強迫観念に縛られて生きています

一つも失敗できない、だから毎日がとても苦しく感じます。

実際は人間だからうまくいくこともあるし、失敗してしまうこともあるでしょう。むしろ対人関係ではうまくいかないことのほうが多いはずです。でも、一つの失敗が命取りとなってしまうと考えているので、絶対にスキは見せてはいけないと思い込んでしまうのです。

どう考えても生きづらいですよね、そんな風に考えていたら。でも、治せないのでとても辛いんです。

意味がある、意味がない。価値がある、価値がない。

これも自己愛性パーソナリティ障害をもっている人に特徴的な物事のとらえ方なのではないでしょうか。これには意味があるのか、これには価値があるのか、そんな風に常に人や物を「評価」してしまいます。

意味がない、価値がない、そんな判断を一度くだしてしまうと、途端にそのことに興味が亡くなります。

わかりやすい例でいうと、私は雑談が超苦手です。そこに意味を感じないからです。私は相手に用件を伝えたり時系列で起きたことを淡々と伝えてほしいと思っています。特に女性に多い、話の筋がはっきりしない内容は聞くに堪えません。苦痛でしかない。

逆に同じ雑談でも相手が上司など立場が上の人だったり、もしくは好きな人の場合は気にいられたいがために我慢して話を合わせます。楽しいなんてこれっぽっちも考えていません。ただ相手に嫌われたくなくて必死なんです。

雑談とか意味がない話は苦手なんだけど、漫才とかは好きなんですよね。それは笑うために聞いているからなんでしょうか。どちらにせよ、そこに目的があるのかないのかが重要になってきます。

加えて、明らかに良い結果が出ない物事も嫌う傾向があります。無駄な努力に終わりそうなことにはなるべく手を付けません。晴れマークだったら外出するけど、曇りだったら外出しません。たぶん雨が降ると悪いほうに考えるからです。

世の中のほとんどのことは無駄な努力に終わる物事ばかりです。だから、何もしたくないという考えに至ってしまい、引きこもることにつながってしまいます。

周りに良く思われたくて、無理をしている

考えていることは、周囲からよく思われたい、尊敬されたい、それだけになります。そして本当の自分以上の見た目、言動にしようと常に背伸びをしている状態です。

なぜかというと、私の場合、普段から周囲によく思われていないといざというとき誰も助けてくれないと思い込んでいるからです。

私自身は他人に対してそんな態度はとりません。普段そんなに仲が良くない人でも困っていたら助けますし話も聞きます。

でも相手も同じように寛大な心を持っていると思えないのです。これは親の影響、特に父の態度が大きく影響していると思われます。

これに関しては、辛さがわかっていただけると思います。常に「表面的に」良い人間であろうと心がけるのです。本当の意味で、深い意味で人間的に良い存在であろうとせずに、表面的に手っ取り早い方法で周りから尊敬されて自己を保存したいと考えるのです。あぁ、つらい…

無駄なことが苦手。プロセスを楽しめない

意味がない、という項目と少しかぶりますが、プロセスを楽しんだり評価したりすることができません。

これも自分にだけ課された脅迫観念みたいなもので、周囲の人に対しては良く頑張っているなぁとか、プロセスを見て評価することができるのですが、自分に対しては必要以上に厳しく結果がすべて、見た目の出来が全てだと思いこんでいます。

他人に対する目のような優しさが、なぜか自分自身には向かないのです。それは周囲が常に自分を評価していて、その評価に基づいて自分を丁重にもてなしたり雑に扱ったりすると思い込んでいるからでしょう。

自己中なくせに誰よりも弱いという矛盾


ここまで見てきたように、自己愛性パーソナリティ障害の人は一見とても自己中に見えます。それと同時にとても苦しんでいます。本物の自己中だったら苦しむ必要はないだろうと思うでしょうが、自己中の方向性が、これまで見てきたようにちょっと変わっているのです。

目的は自分を守るため。自分中心で自分が楽しければいいという自己中とは違い、その根底にあるのは恐怖感です。嫌われたり見捨てられたり、軽く見られたりが怖いから自分のことしか考えられなくなってしまいます。

言い換えると非常に他者中心に考えていて、自分が一切ないのです。専門書も何冊か読みましたが原因は遺伝だったり生育環境だったり多岐にわたるそうです。原因について過度に追求するのも意味がないのでやめたほうがよさそうです。

本人の自発的な治療や、周囲の対応に関しては専門家に委ねますが、自己愛性パーソナリティ障害の人が普段どういう思考回路で物事を考えているのかを、この記事を読んで少しでもわかってもらえれば幸いです。

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