アボカド、おいしいですよね。
わたしも以前は毎日のように食べていました。
でも、いくつかの事実を知って、食べるのをやめました。
複数の記事を参考に、いま実際に何が起きているのかを考えてみました。
参考にしたのは以下の記事です。
Avocado: the 'green gold' causing environment havoc. (WEF 24/Feb/2020)
Why our love for avocados is not sustainable. (Sustainable Food Trust 31/Jan/2020)
Environmentalists: Kenyan Avocado Farm Would Block Elephant Movements. (VOA 07/Mar/2021)
アボカドは「悪魔の果実」か?──ブームがもたらす環境破壊と難民危機 (ニューズウィーク日本版 2021年06月22日)
「持続可能なアボカド」を選ぶために知っておきたいこと。アボカドのプロに聞いた(HUFFPOST 2021年09月08日)
アボカドについて起きている事実のまとめ
世界的なアボカドブーム
ここ20年の欧米やアジア圏でのアボカドブーム、それはまちがいのないことですね。
サラダ、ジュース、ワカモレさらには寿司にも、いろいろな料理に使え味もよく栄養価も高い「グリーンゴールド」と呼ばれるアボカド。
記事中にあるメキシコとアメリカの例ですが、害虫の問題が解決した1997年よりアメリカが輸入を本格的に開始し、それ以降爆発的に消費量が増え、生産国メキシコでは重要な外貨獲得手段となっています。
日本のスーパーで普通に見られるようになり、私が食べるようになったのもちょうどそのあたり、2000年を過ぎたころです。
そのころからアメリカだけではなく、世界的に消費量が増えていったのでしょう。
メキシコに加えて、栽培に適したチリやケニアでも輸出に力を入れています。
生産国・栽培地の偏り
メキシコのミチョアカン州ではメキシコ国内の生産の8割、世界全体の5割のアボカドを生産しています。
まさにアボカドの州となってしまっています。
生産できる気候条件が限られているため、栽培に適した土地に集中して農園ができていきます。
アボカドの集中的な生産は、生物多様性の損失、異常気象、広範囲にわたる土壌の劣化を引き起こし、完全に人為的な環境災害を引き起こす寸前にあると記事は報じています。
これはアボカドに限った話ではありませんね。
モノカルチャーは土地も人も疲弊させ、地域のレジリエンスが脆弱になります。
森林伐採、水の大量使用による環境破壊と野生動植物への影響
アボカドは低木のため、周囲の森林を切り開き光を当てる必要があります。
生物多様性の保持に欠かせない現地の森林を多く消滅させているのが現状です。
ケニアの例では、自然保護区そばに予定されているアボカド農園が象の移動を妨げ、生息数に悪影響を与えるのでは、と懸念されてます。
またアボカドの栽培には、ほかの作物に比べ大量の水を必要とし、生産地であるメキシコのウルアパン市では地下水の過剰な汲み上げによると思われる地震が頻発しています。
チリでは飲み水の確保にもその影響が及んでいるようで、影響は深刻なようです。
生産国での生活環境・治安の悪化
現地で伝統的に食べられていたアボカドは多くが輸出用になってしまい、価格もあがってしまい、現地で暮らす人々の食生活に影響を与えています。
メキシコの生産地ではアボカドをめぐり現地の治安が悪化。生産者や地元住民が自警団を組織する異様な事態になっているようです。
麻薬と同じようにギャングの資金源、また新たな抗争の火種となっており、最終的には難民の増加にもつながる可能性があると報じられています。
これら事実から考えられること(個人的な意見です)
急なブームに問題がある(アボカドだからではない)
ハフポストの記事中でも述べられていますが、アボカドそのものが環境に悪いのではなく、急激なブームと無理な生産が、環境破壊をすすめ、現地の人たちの生活を脅かしています。
水の大量使用の問題も、アボカドだけをひたすら作ること(モノカルチャー)が問題なのであって、アボカド自体が水資源を枯渇させている、ということではない、という記事内の関係者の方の意見はその通りだと思います。
ここ20年でたしかにアボカドは安くなりました。
そのしわ寄せが地球の裏側にいっているというの事実です。
いざ売れるとなると、環境や住民を無視して作りまくって売りまくる会社や個人というのは場所と時代を問わず必ず存在します。通常は国がそれらを監視して規制できるのですが、政情が不安定な国々では簡単に悪事ができてしまいます。
過去のブーム(タピオカなど。結局一度も食べませんでした)とおなじで、消費量の多い先進国の一過性のブームは、政治基盤がぜい弱な発展途上国の一般の人々の生活に大きな影響を与えるということは、このアボカドの話題を通しても確実にいえることの一つでしょう。
食料だけではなく、すべてモノと言えるモノは同じです。
原材料があり生産施設があり、現地で暮らす人(労働力)、エネルギー、水、様々なものが、その一つ一つのモノにつながっています。モノを一か所で短期間に、過剰に生産するとその代償として、現地の人の生活の悪化や環境破壊という結果をもたらします。
「持続可能」という言葉は、営業トークになってしまった
持続可能という言葉を付けて、今までと変わらずその商品を売り続けたいというのが、ビジネスマンの本音でしょう。
残念ながら持続可能という言葉はとても陳腐に響くようになりました。
本当に持続可能を願うならば、持続可能なアボカドを生産するのではなく「あなたはあなたの近くで生産されているものを消費しなさい」というメッセージが妥当です。
冗談抜きで、SDGsのシールが貼れらた戦車とかミサイルが登場しそうです。
持続可能性を探るのであれば、欲を捨てること、欲を捨てるには余計な情報に触れないことがまずできること。
(※ブームや消費を作り出すのはテレビ、新聞、雑誌などのメディアで、それらを目にしなければ必然的に消費は大きく減ります。)
そして、いままでの生活を徹底的に見直し改めることが、持続可能な人類に変化していくために唯一必要なことです。
あくまで個人的な意見です。
記事を読むだけじゃ何も変わらないし、実際に行動に移さなけりゃ、ということで、私はアボカドの消費をやめました。
それぞれの国で伝統的に食べられてきたものを、その国内で消費する、というスタンスで行かないと、こういった問題はエンドレスに発生してしまうでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿