エミールのその後からルソーの価値観を考える

2021/10/21

ルソー

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エミールのその後は「エミールとソフィ」という未発表の本に書かれています。

ソフィーをエミールの導き役として、家庭教師(ルソー)は去っていきます。

これはエミールから、そのどこかに行ってしまった家庭教師へ宛てた書簡という形で書かれている文章です。


エミールとソフィーは幸せに暮らした?


立派に育ったかに思われたエミールですが、結論から言ってしまうと、ソフィと離別することになります。

エミールは家庭教師が与えてくれた教育に自身とても満足し、教えを忠実に守り自信をもってソフィーとの生活を始めます。

自分で考える力、選び取る力を養ったエミールはどんなことが起きてもブレずに生きていけるだろうと、読者は思ったことでしょう。


都会の喧騒を離れた田舎でしあわせに暮らすエミールとソフィーは、娘と息子を授かります。

ですが、そんな幸せのさなか、ソフィーの父母が相次いで死に、さらに娘も亡くすという悲劇に見舞われます。

ソフィーは娘の死に耐えきれずに半狂乱の状態になってしまい後を追うことすら考えてしまいます。

娘を想起させるものを目にすると我を失うソフィーを見かねて、エミールは故郷を離れてパリへの移住を決意するのです。


あれだけ遠ざけていたパリに移住をすることに


パリでの2年間でエミールは簡単に堕落します。

理想的な教育を受け、自身で判断できる能力を培ったものさえも簡単に堕落させる都会の風習の怖さを、ルソーは改めてここで表現したかったのでしょう。

強いエミールでさえ抗えない都会、文明が生み出す心の病。

バカ騒ぎと色に溺れる日々をエミールは過ごし、しまいには女を作り遊ぶようになってしまうのです。


家に帰らなくなったエミールに対し、ソフィーは友人夫妻との交友に楽しみを求めました。ですが、ある事件が起き、ソフィーはその友人の夫と関係を持ってしまいます。

この事件に関しては詳しく描かれていません。強姦であったのか同意の上での不貞であったのか。いずれにしても、ほかの男と関係を持ち妊娠してしまったということは事実です。


このように都会での生活は二人を大いに戸惑わせ、大切に築いてきたものをあっという間に失う結果となりました。

ソフィーは不貞を働いた自分は、もはやエミールに値しない存在だと、身を引くようになり、ルソーを避けるようになりますが、エミールは理由がわからないので今まで以上にソフィーに執着するようになります。

エミールの放蕩が原因で夫婦の仲は冷めきっていたのにもかかわらず、避けられるようになると執着してしまう、以前のエミールであれば考えつかないような身勝手な行動です。


妻への愛情の変化と失ったもの


そしてある日、ソフィーは告白します。

自分はけがれた存在であり、別の男の子を身ごもっているとエミールに正直に伝えたのです。

その告白を聞いたエミールは驚き、半狂乱の状態で家を飛び出します。

まるで自分自身が死んでしまったようだと絶望し嘆き苦しむのです。


次第にその絶望はソフィーに対する憎悪と軽蔑に変化していきますが、そもそも自分も同じように、というか、ソフィー以上に堕落していたことに気がつきます。

自分と違い全てを正直に告白したソフィーを許そうと決めますが、どうしても許せないことが一つありました。

それは生まれてくる子。

ソフィーがほかの男との間にできた子を抱き愛する姿は見るに堪えない。

そう思った瞬間、ソフィーへの諦めの気持ちが急速に彼の中に芽生えます。

そう、エミールの中でソフィーが死んだ瞬間でした。

そして執着を忘れた心は不思議と穏やかになります。

そしてエミールはそのあと職を変え各地をさまようことになるのです。


ルソーがこの話で伝えたかった事とは?


3つの論点で伝えたかったことを整理してみましょう。


1.当時のフランス社会はあまりにも毒がありすぎた

エミールに対する教育はいわば純粋培養された、もしくは試験管の中で行われた実験のようなものでした。

そんな純粋培養された二人には、フランスの実社会で生きることはあまりにも刺激が強すぎ、生活は簡単に崩れ去ってしまいました。

自分で書いた教育の理想をあっさりと無駄なものとして描くことによって、フランス社会がいかに毒されていて、いかなる理想的な個人や教育も受け皿としての社会が理想的な状態でなければ何の意味もない、ということをルソーは伝えたかったはずです。

エミールが田舎にとどまるという決断をしていればこのような結果にはならずに済んだはずなのですが、作者のルソーはわざわざ二人をパリの喧騒に放り込んだというわけです。

論拠とするために、結果がわかっている実験をさせたようなものですね。


2.女性に対する差別的な見方

家庭教師は妻は夫に服従すべきと教育をし、いついかなる時もエミールのいうことを聞くようにソフィーに教えていました。

要するに、女性の自立の否定です。

もしソフィーがエミールにたいして意見できる立場であったなら、十分に話し合いをし、パリにでてくる決断もしなかったでしょうし、エミールが遊び歩いていることも問いただすことができたはずです。

これも逆説的に、自身(ルソー)の女性観が間違っていたということを読者に伝えたかったのかもしれません。


3.晩年の孤独について

この未完の文章は「エミールとソフィー、または孤独な人たち」と題されています。

二人の孤独の原因は純愛が崩れたからであり、その原因は上記の二つとそれ以外にも複数考えられます。

いずれにしても、華やかな時代は終わり、すべてを失った晩年が二人に待っているのです。

これは、ルソー自身の晩年とリンクしています。

ルソーも、その時々で正しい選択ができていれば、名誉を保ったまま大事な人たちと温かい関係を築きつつ、穏やかな晩年を過ごせていたかもしれません。


フランス社会、特に社交界に身をゆだね堕落し、自然のままの本当の自分の善を失い、大好きな女性を大切にできなかったこと。

孤独になっていく彼らはまさにルソー本人と言えるでしょう。


まとめ:エミールを通して伝えたかったこと

エミール」を教育の一つの理想とし、必読書としている教育機関もあるようですが、今回のエミールのその後を考えてみると、いろいろ考えなくてはいけないなと思います。

隔離して理想の教育を子供たちに授けることは簡単だと思います。

でも実社会はそんなに甘い場所ではない。

思うようにいくことのほうが少ないし、誘惑も多いし、理想を掲げる以前に生きていくことだけで精一杯という人がほとんどです。

でも、教育とはそもそも何なのか?という問いかけをする題材としてはこれ以上に興味深い読み物は無いのでしょうか?


それが18世紀の思想家によって書かれたものであることは驚きです。

やはりルソーは面白い!というのが今回のまとめです。

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