【紳士の釣りエッセイ】釣り師としての井伏鱒二「川釣り」書評

2021/09/09

雑記 釣り文学

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井伏鱒二と言えば「山椒魚」「黒い雨」

ですがプライベートでは大の釣り好き

謙虚で真摯、真面目な人柄がその釣りの作法にもよく表れています。

今日は、そんな井伏鱒二の釣りエッセイをご紹介します。

まだシーズンは続きますが、冬に向けて本を数冊買っておくのも

良いのかもしれません。お勧めの1冊。


井伏鱒二の釣りエッセイを多数収録した「川釣り」


釣りに関する短編のエッセイ、随筆、小説を多数収録した1冊です。

主に川釣りとその前後に起こる出来事を面白おかしく、時に憂いを交えつつ井伏氏らしく丁寧につづられています。

1952年が初版ということで、戦後間もないころの日本を釣り歩いた貴重な記録とも言えますね。

釣りという架け橋がなければ出会うことのない人や出来事、それが主となっているようにも感じます。

他の釣り作家に多い「竿が大きな弧を描き、道糸がビュンと唸る。と同時に水面下の揺らめく黒い影は下流へ向けて猛然と走り出した...」的な表現はありません。

もっと素朴に淡々と、熱を帯びながらも論理的に語られる、「井伏の釣り」がそこにあります。

上品で奥ゆかしい、そんな釣りエッセイです。


「白毛」は読んでいるこちらの胸が痛む

収録の一編に白毛(しらが)があります。

この作品はおそらく実際に起こった出来事、すなわちエッセイだと思うのですが、とても嫌な気持ちになるものです。

読むのが辛くなる小編です。

少しネタバレになるので、まだ読んでいない人は以下は飛ばしてください。


まだナイロンの釣り糸がそれほど普及していなかった当時、馬の尻毛などの自然素材で仕掛けを作るのですが、自身の白髪を結び繋げてハリスにするという、半分暇つぶしのようなことをする井伏氏が、そのたびに思い出す、忌々しい記憶の話です。

片田舎で二人の青年と道すがら出会い、親切心からポイントを教えてあげることにします。しばらく行動を共にすることになるのですが、その青年らは酒を飲み少しずつ態度が粗暴になっていきます、そのうち、一人が釣りの仕掛けを駅のホームに忘れたことに気が付き、それをもとに二人は口論になります。酔って苛立ってきた青年の一人が「ハリスにするからお前の白髪をよこせ」と言い出し、井伏氏を羽交い絞めにし、もう一人の青年が毛髪を30本ほど抜いてしまいます。


事の顛末は読んでいただくとして、なんとも不愉快な話なのですが、この一編が、井伏鱒二の人となりをよく表していると、私は感じました。

読んでいただきたい作品です。


釣魚記の一節が興味深い


2編目の「釣魚記」の一説で、井伏氏が釣りの師匠から教えを受けるくだりがあります。

簡単に説明すると、釣りの初心者は経験者の指導の通り、素直に釣りをするので、比較的よく釣れるが、数年たつと自分であれこれ考えてアレンジを加え、挙句全く釣れなくなる。

さらに工夫と研鑽を積むと次第に釣れるようになってくるのだがそこまでに10年、20年の月日がたっている。

そのたどり着いた場所は、最初に経験者から教えてもらった場所である。

こんな感じなのです。

どんなに賢く素直な人でも、人間であれば自分の考えを物事に取り入れて工夫をしたくなるものでしょう。

私なんぞはあまのじゃくなので、そもそも人のアドバイスを素直に聞くことができません。

それじゃ上達は望めませんね。

師と仰げる人に多く出会っている井伏氏は羨ましいと同時に、本人のお人柄もあるのでしょう。

私も師を求めて、河原を歩いてみたくなりました。

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